秋晴れの日、姉を訪ねて故郷へ

誰かに聞いてほしいこと

秋晴れの日に、両親のお墓参りも兼ねて、姉を訪ねて新幹線に乗りました。
両親は亡くなってしまったので今はもう実家はありません。
それでも姉の家へ行くと、子どもの頃に帰ったような気持ちになります。
今日は、そんな何気ない一日のことを書いてみようと思います。

 駅を出ると広がる田畑

時間をきっちり守る姉は、いつものように車を停めて待っていてくれました。

駅の周りは開発が進んで、小さなホテルも建ち始めています。

それでも少し歩くと田畑が広がり、遠くに山々、収穫前のお米が輝いて見えます。
視野がサーっと広がって、思わず呼吸が深くなります。いつものことです。
都市部に住む私には、本当に羨ましい環境です。

 両親のお墓参り

まずは、よく行く道の駅へ。
できたてのお饅頭や、韓国の方が手作りしているお弁当やお惣菜がおいしくて、お昼ご飯を買ってお墓参りへ向かいました。

父と母の二人だけの小さいお墓が、二人が生まれ育った街を見渡せるような山の中腹の広い霊園にあります。永代供養もしていただけるお墓で、いつも綺麗に管理されています。

ここを訪れる度に
「お母さん、お父さん、こんなにぴったりな心休まるところにお墓ができてよかったね」と声をかけます。

その、可愛らしい小さな墓石の前で、小学生だった頃の4人家族を思い出しました。昭和のあの頃、親に守られて、安心に包まれていたのだと、今になって思います。

母は季節に合わせて上手に花を咲かせていて、いつ行っても、玄関の周りにも庭にも花がありました。

父が外食を好まなかったこともあり、毎日毎日おいしい料理を作り続けてくれました。
孫も婿もみんな、帰省の一番の楽しみは、お母さんの手料理でした。

あの両親の子供で、この姉の妹でよかった。もうあの日々は幻のようだけれど、そう思えることが幸せです。

 姉の家でのんびり

姉の家はリビングが広くて、庭には、母と同じく花を育てるのが好きな姉の花が、自然な形で植えられています。

姉はすぐにお茶を淹れてくれて、買ってきたお弁当のほかに、胡麻豆腐やお吸い物も出してくれました。おまんじゅうも食べて、寝っ転がって、しばらくたわいのない話をしました。

海外ドラマのおすすめ、そして香りの話。姉は香りが好きで、いろんなものをネットで取り寄せています。どれも安っぽくない、いいものばかり。庭の花や周りの自然と合わさって、姉の家は私にとって、家庭的でほっとできる場所です。

混まないうちに帰ることにすると、姉は母のように、いろんなものを持たせてくれます。
焼き海苔、らっきょうを漬けた小さな瓶、キウイ、高級シートマスク。

母を思う気持ちが強い私にとって、姉が少し母のような存在でいてくれることが、ありがたいです。

小さい頃からの思い出話は、話題が尽きません。

その時間に今の私は救われるのです。

 母に聞いてみたいこと

今現在、子供達は遠く離れた都会に住み、孫もできました。

ネガティブにはなりたくないけれど、大げさに言えば「もう必要とされなくなった」という気持ちが、どうしても時々出てきます。

子供達が20代の頃は、離れていてもあまり寂しさを感じていませんでした。

二人とも30代になり、私も60代になって、子供達は本当に独立して手が離れてしまいました。

これは喜ばしい事です。でも、

「もう役目が終わったのかな」
「チェックリストに、最後のチェックが入ってしまったな……」

両親も送り出した今、そんなことを考えてしまうのです。

もちろん頭では、そんなことはないとわかっています。

元気で普通に過ごしているだけで、子供達のためにも、夫のためにもなっている。

それでも、ふとそんな気持ちになることが時々あります。

母も、こんなふうに寂しい思いをしていたのかもしれない。

だって私自身、家族で帰省はよくしていたものの、あの頃は自分の家庭のことばかりに目を向けていたように思います。

今、母が生きていたら、そのことを聞いてみたい。

「お母さんも、寂しい思いしたやろ?」

でも、きっと母は言います。

「そんなことは、みんな繰り返してきたとよ。全然気にしなくていい」

ニッコリと。


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